1890's

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寺西治三郎、ハンモック手梳製網発売

1895

株式会社ジィティオの創業の祖である寺西治三郎が、地域住民の家庭副業としてハンモックなど手梳製網を奨励し、販売を開始。1932年11月に実施された陸軍特別大演習、地方行幸にもハンモックネットが使用され、品質が高く評価された。

1940's

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鬼塚喜八郎、鬼塚商会を改組し、鬼塚株式会社を設立

1949

1945年戦争から復員した後、約3年、兵庫県神戸市の商事会社でサラリーマンとして働いていた鬼塚喜八郎が独立を胸に、当時市場に不足していた学童用ズック靴の生産販売を決意。事業化にあたり、当時大小さまざまなゴム靴メーカーがあった神戸・長田地区でスポーツシューズ生産の技術ノウハウを1年間習得し、1949年3月に神戸市に鬼塚商会を創業。同年9月に改組し、資本金30万円、社員4名で鬼塚株式会社を設立。後にアシックスの社名の由来となった「もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかしと祈るべきだ("Anima Sana in Corpore Sano")」という帝政ローマ時代の風刺作家ユベナリスの言葉は、鬼塚喜八郎の戦友で当時、兵庫県教育委員会保健体育課長の堀公平氏が、事業について相談を受けたときに例えに出した箴言。この言葉に鬼塚喜八郎は感銘を受け、スポーツによる健全な青少年の育成を目的に、本格的にスポーツシューズを作る動機付けとなった。
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寺西光治が(株)寺西源三商店の代表取締役に就任

1949

株式会社ジィティオの前身である株式会社寺西源三商店が1948年に大阪府八尾市に設立。資本金50万円。同社は1895年に寺西治三郎がハンモック手梳製網を開発、創業。ハンモックやスポーツ用ネットに始まり、登山用品やフィッシングウエア及びスキーウエアなどを事業展開しており、 1949年に寺西光治が代表取締役に就任。翌1950年に大阪市南区に本社を移転。

1950's

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「バスケットボールシューズ 」第1号発売

1950

鬼塚株式会社の最初の競技用スポーツシューズは、バスケットボールからスタートした。当時のスポーツシューズ製造において、最も難しいと言われていたバスケットボールシューズを手掛けたのは、「最初に高いハードルを超えられれば、その後のハードルもどんどん超えられる」という鬼塚喜八郎の考えから。 地場である神戸市長田の靴メーカー、吉川ゴム工業で試作が重ねられ、1950年春に発売された。土踏まず部分にトラの顔がデザイン化されており、後のオニツカタイガーの商標の基本となった商品。当時、バスケットボールの強豪チームであった神戸高校のバスケット部に、鬼塚は試作品を持参して、さらにテストと改良が繰り返された。
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「吸着盤型バスケットボールシューズ発売」

1951

1950年に発売されたバスケットボールシューズから、さらに制動性を高めるシューズの開発を模索していた鬼塚喜八郎が、夕飯にタコの酢の物を見て思いついたというエピソードが残る「吸着盤型バスケットボールシューズ」。当初は「凹型底」の名称で、ソールをタコの吸盤のようにくぼみを深くすることで、ストップ性とスタート性が高められたが、最初の頃はストップ性が良すぎる問題があり、当時のバスケット有力校で繰り返しテストを行い、改良を加えた。

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「テニスシューズ第1号」発売

1952

「タイガー印 (A)テニスシューズ」、「タイガー印 (B)テニスシューズ」、「タイガー印 ローンテニスシューズ」を発売。画像は、「タイガー印 (A)テニスシューズ」。
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「OKバスケットボールシューズ」発売

1952

高級品として発売されたタイガー印の普及品として、鬼塚喜八郎の頭文字を取って名付けられた OKバスケットボールシューズを発売。
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臼井一馬が臼井メリヤス製作所を設立

1952

ジェレンク株式会社の前身である臼井メリヤス製作所を臼井一馬が福井県武生市(現越前市)で設立。スポーツウエアおよび野球ストッキングの製造を開始し、東京・大阪の運動具卸店を中心に、ケーユーユニオンのブランドで販売。野球用ストッキングで全国の60%のシェアを誇る高い技術力を活かして、国際的なスポーツウエアメーカーとして発展を遂げる。
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「バレーボールシューズ」第1号発売

1952

バレーボール専用シューズ「タイガー印 バレーボールシューズ(A)」、「タイガー印 バレーボールシューズ(B)」を発売。画像は、「タイガー印バレーボールシューズ(A)」。

自家工場タイガーゴム工業所を設立

1953

兵庫県神戸市の長田区神楽町6-44に従業員50名を有する専門直営工場としてタイガーゴム工業所を設立。吸着盤型バスケットボールシューズの生産が本格的にスタートする。マラソンシューズ「マラップ」が脚光を浴び、当時、手がけていたシューズはこのほかに、バレーボール、軟式テニス、アップシューズ、登山、ソフトボール、ダンスに及ぶ。また、事業の発展に伴い、本社事務所を山本通りから三宮駅北側に移転した。タイガーゴム工業所は翌 1954年6月に隣接火災により類焼し、8月まで操業停止へ。これにより、マラソン足袋の生産を終了する。
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「マラソン足袋」第1号発売

1953

ストックホルムオリンピック(1912年開催)のマラソンに出場した金栗四三選手、ベルリンオリンピック(1936年開催)のマラソンで金メダルを獲得した孫基禎選手は足袋でレースを行っている。当時、日本の運動会では座敷足袋をベースにした「運動会足袋」が使用されており、オニツカとしても座敷足袋をベースとし、底にラバーを貼付け、アッパーに耐久性のある素材を使用し、吊りバンドを採用するなどマラソンに必要な機能を備えた商品 「A マラソンタビ」を発売。
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「タイガー印ダンスシューズ」発売

1953

ひもをスムーズに通す目的で、アルミ製のハトメが使用されている。ハトメがアルミ製のために、ハトメ裏に別に生地が取り付けられ、直接足に当たらない工夫が行われている。
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「ナイロン アフター・スキー・ブーツ」発売

1954

競技用シューズの一方で研究開発が進められたブーツ。ナイロンシューズとアフターブーツの生産が 1954年より本格的に開始された。 スキー靴をアフターブーツ類に履き替える理由は、重くて歩きに不便であることと、スキー靴の生命である底の破損を回避することにある。アッパーは表にナイロン材を使用し、内側に別珍の素材を使用しているが、中間にもう一枚の布を入れて保温性が考えられている。着脱の自在性を考えてファスナーが採用された。ソール部分は中底部にコルク板をいれることで、底面からの冷たさをカバー。ソールのゴムは圧延ロールですべり止めの意匠。 このナイロンとゴムの接着技術が開発されたことにより、各競技用シューズへオニツカ独自の新素材を使用した積極的な取り組みが幅を広げていく。
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「タイガー印防禦用A型バレーボールシューズ」発売

1955

1953年に発売した「タイガー印バレーボールシューズ」の改良版として、1955年に攻撃型と防禦型と言うポジション別のシューズを完成させた。このシューズの大きな特長は、踏付け部の内側に斜め意匠のソールを配置して横の滑りを防ぎ、前後方向だけではなく横方向へのストップ・ダッシュも可能にした防禦専用シューズ。

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登山靴「ナイロンヒマラヤンシューズ」発売

1955

表材にナイロンを使用して、裏材には綿布を使うことで、足当たりを和らげて蒸れを感じさせない工夫が特徴の登山シューズを開発。ソールとアッパーの接着を万全に行うための、テープとピース部を一体化させた部品を作成している。非常に手の込んだ工程を経ながらも、シンプルで優れたデザインに仕上がっている。
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「ナイロン製バスケットボールシューズ」発売

1955

世界で初めて開発された、ナイロン製バスケットボールシューズ。アッパーにナイロン材を使用されているが、従来の接着手法では接着できず、糊に特殊な硬化剤を加えることで完成した。これ以外にもテトロン素材を使用したり、踏まず部分のフィット性を向上させる機能等、多彩な開発が行なわれている。
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ゴルフシューズ第1号発売

1955

タイガー ナイロンゴルフシューズ発売。アッパーにナイロンを使用し、底には合成樹脂底にスパイク(鋲)を取り付け、防水に優れたスポーティーなスタイルのゴルフシューズ。
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「体操シューズ」発売

1955

U字カットから、内と外のアッパー部をつま先部とかかと部で千鳥ミシンをして立体にしている。その際、つま先部分のカット形状を、前流れカットにしてスピード感を表現。つま先部のゴムバンド形状が、U字形状から少し曲線的なV字形状に大きく変化。甲裾部分のテープにより横ブレを防止、ソールとテープの間にクッション材が入っている。
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「レスリングシューズ」第1号発売

1955

「ナイロンレスリングシューズ」を発売。アッパーにナイロンが使用され、つま先部の内と外には天然皮革が採用され、耐久性と接着強度を同時に向上させる構造となっている。ハトメ金具も表側に出さない裏ハトメ構造を採用して、競技中の怪我を防ぐ工夫や、通気性を考えたつま先部分の穴も、大きな特徴となっている。また、ソールのロール意匠はスリップ防止効果の高い密着性に優れ、耐久性も備えたレスリングシューズの原型がすでにこの段階でできあがっている。
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「タイガー印シナイシューズ」発売

1956

布体操シューズの原型とも言えるベーシックなシューズ。開発当初には、撓(シナイ)シューズとされているが、室内用競技(体操競技)に使用された。つま先部のアジャストのゴムバンド、土踏まず部分にフィットするゴムバンド形状が、体操シューズのデザインに後々まで採用され、上履きシューズとしても定着する。 ※撓(シナイ)競技:大東亜戦争終了後、「剣道」が占領軍政策により禁止され、1950年に考案されたスポーツで、ルールはほぼ剣道と同じであった。
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「ヒマラヤン ラバー スキー靴」発売

1956

当時、皮革素材が中心であったスキー靴のなかで、アッパーの表材にラバーを使用し、防水性を高めたシューズを開発。重さや通気性には問題をのこしたものの、ひも締めカシメ金具を固定している構造は、当時においても非常に高度な技術。足首部分を長くして、ネンザ防止を考慮したデザインで、接着、保型性などのバランスの完成度が高い。

タイガーゴム工業所を改組し、オニツカ株式会社を設立

1957

タイガーゴム工業所を組織変更し、オニツカ株式会社とする。資本金600万円。同年、中小企業の模範企業として中小企業庁長官の表彰を受ける。翌1958年に鬼塚株式会社と東京鬼塚株式会社をオニツカ株式会社に吸収合併し、統合。
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テニスシューズ「タイガー ウィニングテニスシューズ」発売

1957

第一次テニスブームを控えて発売された「タイガーウイニングテニスシューズ」。ベンチレーション加工を施して、通気性を考慮した素材が使用されている。また、ソール周りは耐磨耗性を考え、つま先に補強ラバーが貼られ、足裏のアーチサポートを考えたオールスポンジ中底、コートへの吸着度を強化するため特殊配合ソールにと、多くの工夫が施されている。
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「ヒマラヤンナイロン タイガー アフターブーツ(婦人型防寒靴)」発売

1957

アフターブーツで初めて婦人専用シューズを発売。
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「アフターランナーシューズ」発売

1957

1956年に開催されたメルボルンオリンピックのデレゲーションシューズとして開発されたのがこの「アフターランナーシューズ」。従来のゴム底から合成ゴムスポンジ底に変わり、軽くて屈曲性が向上した。アッパーのかかと部分はXライン採用によって、アキレス腱保護の工夫が行なわれており、踏み付け部分をホールドさせる2本のラインを3色展開(レッド・グリーン・ホワイト)で販売。

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トレーニングシューズ「スプリングアップシューズ」発売

1958

スプリント・ジャンパーと跳躍筋・アキレス筋の保護に、専門的なトレーニングシューズとして世界で初めて製作されたシューズ。踏み付け部とかかと部に、従来使用していた硬度差のあるクッション材を組み合わせることにより、より大きなクッション性を向上させている。
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株式会社 寺西源三商店 本社社屋竣工

1958

1958年4月より登山用品の製造を開始した 株式会社ジィティオの前身である株式会社寺西源三商店は、10月に本社を大阪市南区に移転、新社屋を竣工。同年11月に世界初の特許編網機第1号完成。1960年より登山用品のルックザック、ナップザック、テントの製造販売を開始する。
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スポーツ用ネットの角目編網機第1号完成

1958

スポーツ用ネットの角目網機、第1号がこの年に完成。通常、漁などに使用される網は菱目網だが、スポーツ用ネットは形状の変化が少なく、一定のサイズを保て、タテヨコともに堅い張り上がりが得られることから角目網が適していることから、これによりバレーボール、テニス、ゴルフ練習などのスポーツ用ネットが一般に急速に普及した。
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「ヒマラヤンタイガーナイロン 登山靴」発売

1958

足首部分のスポンジ配置、グリップ性を向上させたソールなど、デザイン・補強・ステッチ・ソール意匠など、後に発売される「ヒマラヤンシリーズ」の基になった商品。

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テニスシューズ「ゴールドタイガー」発売

1959

コート上での動き(ストップやダッシュなど)に対応したヘリンボン・ソールを初めて採用。以降の当社テニスシューズの基とも言えるモデル。
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「グッドショット ナイロン製 ゴルフシューズ」発売

1959

アッパーにナロンを使用し、雨露に強いと言う特徴を持っている。また、合成樹脂底を使用しているため、軽量で長距離コースでも疲れない。

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マラソンシューズ「スーパーマラップ」発売

1959

1953年に誕生した「マラップ」は、ソールとアッパー共にデザインや材料などが次々と改良され、1959年には当時最軽量のロードレース用として「スーパーマラップ」を発売。尚、マラップとはマラソンアップシューズの略である。

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「スーパーヒマラヤン ナイロン登山靴」発売

1959

日本山岳協会の検定制度の第1号に合格した最高級品。アッパには、ナイロンを使用し雨降りには効果を発揮し、登山に必要な滑り止めのため、金具を搭載した。