1990's
アシックススポーツ工学研究所 竣工
1990
神戸市にスポーツギアの研究開発を目的にした「アシックススポーツ工学研究所」を竣工。↵↵科学的にスポーツをより広く、より深く研究することを目的に誕生。3種類の路面を持つ全天候型陸上競技用トラック、2種類のテニスコート、プール、実験用体育館、温度と湿度を自由に調節できる環境実験室、多目的実験室、コンピュータネットワークシステム、商品実験室、スポーツ医学研究室、トレーニングルームを備える。三原聖治が社長に、鬼塚喜八郎が会長に就任
1992
第37期定期株主総会で 代表取締役社長に三原聖治が就任し、代表取締役会長に鬼塚喜八郎が着任。新体制のスタートを切った。新プロモーショナルマーク↵発表
1992
ASICSのイニシャル「a」をモチーフに限りないスピードとスポーツのダイナミズムを表現。スパイラルの構造はアシックスのコアコンピタンスを軸に関連ビジネスが回転する様を意味している。サッカーシューズ「インジェクター2002」発売
1992
国内生産のダイレクトインジェクション製法による代表商品として「インジェクター2002」(1992年)、「インジェクタールーゴ」(1991年)、「インジェクタークレーマ」(1989年)を発売。ロングセラー商品として愛された。スピードに対応したバスケットシューズ発売
1992
スピードを重視するプレイヤーに向けて、ランニングの軽量性と高い衝撃緩衝性をコンセプトに開発されたバスケットボールシューズ「GEL-SPOTLYTE」を発売。↵↵軽量化のため、踵のラバーカップソールを取り除くなど、バスケットボールシューズの既成概念を覆す大胆な発想とユニークなデザインが特徴。有森裕子が活躍
1992
有森裕子(1992年の国際大会女子マラソンで銀メダル)が当社マラソンシューズを着用し、様々な大会で活躍。
野球用「ペンタクロウ(5本歯金具)」搭載スパイクシューズ発売
1993
従来、前部後部ともに3本が主流だったスパイクシューズの靴底前部に新たに開発された「ペンタクロウ」(5本歯)を採用したスパイクを発売。↵↵現在の多本歯金具の先駆けとなる。以後、「スパイダークロウ」(8本歯)「ディグサスクロウ」などを発表。パフォーマンスランニングシューズ「GEL-KAYANO TRAINER」発売
1993
「GEL-KAYANO」シリーズの第一号モデルを発売。↵↵長距離をゆっくり快適に走るオーバープロネーターランナーに向けて、コンフォートやプロテクションを追求して開発したランニングシューズ。発売時から続くロングセラーのシリーズ商品である。「KAYANO」の名前の由来はフットウエア開発者の榧野氏から。パフォーマンスランニングシューズ「GT-2000」発売
1993
「GT-2000」シリーズの第一号モデルを発売。↵↵長距離をゆっくり快適に走るオーバープロネーターランナーに向けて、コンフォートやプロテクションを追求して開発したランニングシューズ。「GEL-KAYANO」シリーズとの違いはスピード設計。そのため軽量化された。「GEL-KAYANO」シリーズと同様、発売時から続くロングセラーのシリーズ商品である。欧州販売統括会社アシックスヨーロッパB.V.を設立
1994
数多く進出していた欧州の拠点としてオランダ王国のアムステルダムに統括会社となるアシックスヨーロッパB.V.を設立。ヨハン・オラフ・コスが活躍
1994
ノルウェーのヨハン・オラフ・コス(1994年の国際大会スピードスケート1500m、5000m、10000mで金メダル)が当社製スピードスケート用スーツを着用し、大活躍した。