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ニシ・スポーツ プロジェクトストーリー

世界のトップ選手に愛される製品を目指して

ニシ・スポーツの「ハンマー」開発秘話

国内の陸上器具メーカーとして、世界大会ハンマー投げ決勝での使用率が9割近いシェアを誇るニシ・スポーツ。トップメーカーだからできる思い切った開発の陰には、工業的知識なら何にでも興味を持つ技術者の大胆な発想がある。4年ごとに主催する世界的なスポーツの祭典や世界陸上などの大舞台でトップ選手に愛用される「ハンマー」の開発ストーリーを聞いてみた。


ルール改定にも世界で最初に対応できた開発力

求められるのは、国際的なルールに則りつつも記録を伸ばせる器具であること。
ときには思い切った開発も必要だ。

4年ごとに主催する世界的なスポーツの祭典や世界陸上で使用されるハンマーは、まずIAAF(国際陸上競技連盟)が使用メーカーを数社選び、その後、各国の陸上競技連盟が自国の選手が使っているなどの理由で追加のメーカーをリクエスト、最後に当日、選手個人が自分が選んだ製品を持ち込む、という形で選ばれ、何種類かが競技会会場にセットされることになります。どのハンマーを使うかは、競技会当日の選手の感覚次第。いつも使用しているメーカーの製品を使う選手もいますが、実はトップ選手が使ったハンマーを他の選手も使いがちな傾向もあります。4年ごとに主催する世界的なスポーツの祭典や世界陸上など、大きな大会では当社製品の使用率はとても高いんです。

僕は陸上競技器具全般の開発を担当しているのですが、ハンマーの開発で思い出深いのは2008年のルール変更の際のときのこと。そもそもハンマーの開発というのは、選手がより遠くに投げられるように工夫しながらも、国際的なルールに則ったものでなければなりません。たとえば、遠く投げるためには重心の位置を外側にすればするほどよいのですが、ルールでは、「直径12mmの筒の上に載せて転がり落ちない」と決められていて、あまり外側に重心を置くことはできない、といった具合です。ハンマーの場合、こうしたルールの改定はめったに行われないのですが、2004年に、それまで4kN(キロニュートン)の力に耐えられればよかったハンドル部分の強度を12kNに上げるという話が出ました。実際に改定されるのかどうかは、なかなか決まらない中、2005年に世界初の対応製品を完成させたのが当社だったんです。

体積や重量は変えられない中、どうやって強度を上げるのか?ひらめいたのは、ハンマー全体重量と性能を維持するため軽量なアルミを使い、日本刀づくりなどに使われている鍛造製法で成型することでした。通常、一般的にアルミというのは金型をところてんのように通したり、型に流し込んだりして成型するのですが、鍛造というのは、丸いアルミの棒を型に入れ、プレス機でひっぱたいて伸ばすという方法。4つの型を使ってこれを繰り返し、形ができたところ、型抜き機を用いてくり抜くことで、軽量かつ強靭なハンドルを造ることに成功しました。なぜ鍛造製法だったのか。それは、強いと同時に「折れにくい」からなんですね。スポーツ用品を作る造る際の基本的な考え方は「折れるより曲がれ」。予想以上に力がかかったとき、折れてしまっては危険だからです。鍛造製法は、自動車など、力がかかったときに壊れて飛び散るようでは困る工業製品で使われる方法。これなら折れにくさと狙った強度を実現できるのではないかと思ったんです。

鍛造製法にはいくつもの型が必要なので、試作をするにもコストがかかります。しかし、目指す強度を出すには何か全く新しい方法を試すしかない。かなりの冒険でした。よくOKが出たなと思いますが(笑)、それができるニシ・スポーツだからこそ、いち早く新規格のハンマーを実現できたのだと思います。とはいえ、結局12kNの強度を実現できたのは当社しかなかったようで、最終的なルールとしては8kNに落ち着いたんですけどね。

何にでも興味を持つ姿勢が一流の開発者を作る

トップ選手との間に生まれる絆は器具開発の仕事の醍醐味の一つ。
そのために開発者に求められる資質とは?

もう一つ思い出深いのは、ハンマレット(球の部分)の重心を少しだけ変えたときのこと。ハンマレットの重心を中心より少し外側に置くには、内部に鉄より重いタングステンという金属を入れ、その形状や位置で重心を調整します。あるとき、新しい材料を使うと少しだけ重心を外に寄せられることが分かり、そのように変えてみました。それで早速ある日本人トップ選手に使ってみてもらったのですが、こちらからは何も伝えていないのに「あれ?何か変わりましたか?」と言うんです。トップアスリートの感覚の鋭さに改めて驚いた瞬間でした。こういった、トップ選手との濃いつながりの中で仕事ができるのも、陸上競技器具開発の魅力の一つ。陸上競技が好きな人間にとっては素晴らしい仕事です。

僕自身は陸上競技の短距離をやっていたのと、とにかくモノ造りが好きで、子供の頃からプラモデルは改造して当たり前というくらいのタイプだったので(笑)、器具を造りたいという気持ちがあって入社しました。しかし工業的なことは専門的に学んでいなかったので、とにかく学んでいかないとモノが造れません。だから、とにかく工業的なことに何でも興味を持ち、情報を集めるようにしています。極端な話、街を歩いていても、車の形を見ては「こういう構造になっているのか」と観察するなど、今の仕事には直接必要のないことでもとにかくできるだけ多く覚えておく。それが、新しい器具を開発するヒントになっているように思います。一緒に働きたいと思う人もそれと同じで、そうやってさまざまな工業的なことに興味を持ち、自分の知識にしていける人と言えるかもしれませんね。オリジナルな製品を造るといっても、よほどの天才でない限りゼロから造るのは難しいもの。オリジナルは、いろんな知識の組み合わせで生まれるんです。

今後の目標としては、より一層世界のトップ選手に愛される製品を造ること。2020年、東京で行われる世界的なスポーツの祭典ではぜひ当社の製品で世界記録更新を見たいですね。そのためには、もっと球の回転がよくならないか、ハンドルと球をつなぐピアノ線にもっと軽く、しなやかな材質はないか……考えることはまだまだたくさんありそうです。